ココが気になる他人のバイク

タイヤの右サイド

バイクに乗っていると前を走るバイク、後ろから追い抜いていくバイク、街中の駐輪場で見かけるバイクなど何かと目線が向いてしまうもの。

バイク好きが過ぎると他人のバイクまで気になってしまうことはないでしょうか。

他人のバイクで目がいくところ

まったくの個人的な見解で恐縮ですが、つい目が行ってしまうのは消耗品であるタイヤ。

他に気になる部分はないと言っても良いくらい真っ先に見入ってしまうのがタイヤで、他にはないのかというとドライブチェーンあたりでしょうか。

タイヤで分かるバイクの乗り方

バイクのタイヤは、乗る人の個性が出やすい部分。

タイヤの摩耗具合

乗り方によって、左右の減り具合に偏りがあったりセンター部分だけが極端に磨耗していたり。もちろん、通勤などで幹線道路をメインに走っていればライダーの個性より走るコースのほうが影響してしまうことは否めません。

そうした事由を考慮すれば「ある程度想像できる」という前置きを付け加えた上での話です。

全体的にすり減ったままのタイヤで走行している人はバイクに対する熱量みたいのは多くなくて単なる交通手段なのだろうかと想像します。

また、後輪の接地部分が極端に沈みこんでいて空気圧が低下したままの状態で乗っているライダーはバイク歴がまだ浅くタイヤの空気圧と旋回性や加速や燃費に敏感に感じ取れていないのではなんてことも。

逆に、そう古くないタイヤでも表面が均等に路面に接した後があって、サイドウォールの髭みたいなのまで手作業でちゃんと取ってある状態だと走りとともにバイクに対する愛着度が伝わります。

バイクという乗り物がエンジンにタイヤが二つ付いただけの存在だとすると、磨き込んだ外装などよりそうした乗られ方のほうが理にかなっていそうです。

手入れし過ぎも気になってしまうチェーン

未使用のドライブチェーン

タイヤの他に、信号待ちや駐輪場で目がいってしまうバイクのパーツはドライブチェーン。

とくに毎回注意が向くという部分ではありませんが、油が乾いて錆が出ていたり、おまけにスプロケットの先がノコギリのように尖っていたら、そのバイクは直ぐにバイク屋に持ち込んだ方がいいとお節介をやきたくなります。

それとは逆に新品でもなさそうなチェーンがやけに綺麗なのも、少し気になってしまうところ。

適量に注油された状態のドライブチェーンは路面の粉塵が付着しやすいパーツで、メンテナンスの仕方は簡単ではないと考えます。

下手にブラシでも当てようなものなら、取り除き切れない細かな砂利が逆に悪さをしかねません。

やるなら徹底した手入れが必用かと思うのですが、それだけの時間のあるライダーが実にうらやましく思います。

見た目の存在感は覆せない魅力

主に4輪などレース車両の評価基準にパワーウエイトレシオというのがあります。

なかなか専門的で難しそうですが、これを食料や生活品の満足度で使われるコスパという言葉に照らし合わせると、単純に精度を割愛し排気量に応じた走りの効果を見なす指標が別にあると理解しやすいかとも思います。

仮にこれを「排気量パフォーマンス」、略してハイパとすれば排気量の割に軽いか、またはキビキビ走れるかの指標があれば面白いと言ったら、それは単気筒に乗る者としての拘りの表れかもしれません。

排気量の割に細いバイク

バイクは重量が軽くて困ることは少なくて、重すぎると困る場面が多くある乗り物。

抱っこしている子供が寝たとたんにぐったりと重く感じるのに似ていて、走っていないバイクは重量感を無視できません。

取り回しや整備性、置き場所を考えたときそれに見合った走りの面白さが要求されるのですが、その理屈を否定できるもう一つ大事な尺度に存在感というのがあります。

大きなバイクが存在感があって格好良く見えるのは、バイクに乗らない人にも共通しています。

これは、バイクの大きさ(重さ)に対しての一般的な価値観なので、どう理屈をこね回しても覆すのが難しいポイントです。

だたし、乗るバイクの排気量に対して軽いこと、クイックな走り(動作)が出来る楽しさに目覚めた側のライダーとしては譲れない評価要素であるのは間違いありません。

他のライダーとは少し違った価値基準ですが、街で見かけるあんなバイク、こんなバイクたまにそんな視点で見させていただいています。

また、そんなことを考えながらも、総合的なデザインのカッコよさはバイクに乗り始めるきっかけにもなり、乗る人のバイクに対する姿勢やセンスが反映される部分でもあるので、そこに垣間見える個性は十分尊重されるべきなのでしょう。